【2003年宮古島:5kmの部】

宮古島大会の種目は5km、3km、1.5km、リレー(1km×3人)とあります。
私は距離が長く、参加者のレベルも高い花形種目である5kmと仲間とワイワイ楽しいリレーに参加することにしました。

作戦:スタートで少し飛び出して、
   後ろからきた自分より速い人を見つけてくっついていく。
   あわよくば最後にダッシュで交わしてゴール!

水泳では人の後ろについて泳ぐと流れが出来るため少し楽に泳げるのです。それを利用した簡単でシンプルな作戦を立てました。10:00にレーススタートです。

スタート飛び出しに成功し、スタート直後には自分より速い人が後ろにいます。
「しゃちょー」を見つけ、すぐ後ろにつくことが出来ました。優勝候補の次の2番手グループです。折り返しなどで順位を確認しながら行くと、「マルコメ秦君」も後ろにいます。とてもいい位置につきました。「作戦大成功!」と思われました。
私の作戦は自分より速い人にくっついただけではダメなのです。ゴールまでそのままいかないと、作戦成功ではありません。1kmほど進んだ頃より、心拍数がどんどん上がり、呼吸が激しくなってきているのが分かります。
残り2周(3km)となったころより、このままついていくのは難しいだろうとの結論が出ておりました。もう呼吸が苦しくて苦しくてしかたありません。ここまで苦しくなる前に、少しペースを落として泳ぐのが正解だったと思います。
しかし私の選択は違いました。「とりあえず、どこまでいけるかやってみよー!」と考えました。ついていけなくなるまでついていくことにしてしまったのです。
ほどなくして、呼吸も、筋肉も、頭の中もいっぱいいっぱいになり、極端にスピードが落ち、ズルズルと順位を落としだしました。
後ろから追い抜かれるたびに必死でついていこうとするのですが、すぐに苦しくなって、また離されてしまいます。頑張り過ぎたことに後悔をしつつ、残りの2kmを泳ぎました。途中、ボーっとしていて折り返しブイを過ぎてしまったり、海水を飲みまくったり、長い長い2kmでした。
ゴール前は直前に抜かれた女の子を爆裂キックで追い抜き返し(ちょっとナサケナイ。。。)、残りの力を全て出し切ってのゴールになりました。

 

【2003年宮古島:リレーの部】
午後の種目は3人1チームのリレーです。1km×3人で合計3kmを競います。私のチームは
  1泳が私、
  2泳がねえやん、
  3泳がしゃちょーです。
もちろん狙うは上位入賞です。1.5km、3kmの参加をやめてまでリレーを頑張るつもりでした。ところが、1泳の私がスタートした直後にすでに上位が危うくなってきました。スタート直後からすでに苦しいのです。まだ5kmの疲労がたっぷりと残っておりました。ぜんぜんスピードが上がらないどころか、どんどんと落ちていきます。リレーですので、とにかく次の泳者につながなくてはなりません。
なんとかゴールに辿り着きました。2〜3位くらいで戻ってこなくてはならないところ、4位に大きく離されての5位でねえやんに引き継ぐことになってしまいました。しゃちょー、ねえやん、すいませんでした。しかし、その後のねえやんとしゃちょーの頑張りによって、4位に入ることが出来ました。



 

【レース終了後】

パワースポーツの大会では恒例であるアワードパーティで大盛り上がりの後、ホテルの部屋に戻って部屋飲みとなりました。部屋中を風船などで飾り、パワーバー入りのお手製ケーキもあり、寄せ書きもある、ねえやん誕生パーティがありました。

次の日は、少し天候が悪かったのですが、きれいな海、美しい珊瑚礁、白い砂浜があり、そしてたくさんの魚達のいる海岸にいきましてのんびりと過ごしました。本当に心があらわれるようでした。

美しい自然に接し、「今のままの自然を後世に残していきたいなぁ」と漠然と思いながら宮古島を後に致しました。

 


 


 プリンスさん プロフィール 

6歳から9歳頃までスイミングスクールに通う。
大学1年生より水泳同好会に所属、大学2年生よりトライアスロンクラブに入部する。
大学3年生よりスイミングの選手コースにて中学生と一緒に特訓を受ける。スイム特訓のかいもあり、3、4年次にはトライアスロンにて大学選手権に出場する。

大学卒業以降、スポーツは見て楽しむものになるが、2001年にひょんなきっかけからオープンウォータスイムリレーの部に出場し、オープンウォータースイムレースに目覚める。

2002年夏 仲間5人で津軽海峡をリレー横断
2003年オープンウオータースイムレース個人総合優勝を目指し日々特訓中!


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