船上から見たドーバー <前編>

7月24日午前2時起床。あわただしい「ドーバー2Way泳」が決まったせいか、よく眠れなかった。非常に眠い。眠い眼を擦りながら宿客を起さないようにそっと外に出た。夏とは言えドーバーほど北によると外が"暑い"とは言えない。むしろ手荷物が多いので防寒用のコートを着ているが、それでも"暑い"とは言えないほどだ。
 予約していたタクシーが滑らかに我々が待っている宿の前に止まる。ドライバーが我々の荷物をトランクに放り込んでくれた。「サンキュー」とお礼を言って行き先の「ハーバー・オフィース」を述べるとそこから先の言葉が出てこない。すでに緊張しているのだ。いつも私は海に出る前はこうなる。数知れず準備はしてきたつもりだが、何故か不安が付き纏う。いったいいつになったらこのような胸の動揺が無くなるのだろう。"ときめき"ならば嬉しいのだが、重苦しい胸の動揺はストレスになる。海に出てしまえば治まるのだが・・・。

―水先案内船"スバ"―
 ハーバー・オフィースでは一人の男が我々に近づいて来て「案内する」と言うのでついて行くと、そこにはこれからキンちゃんをフランスまでの往復する伴走船「スバ(クルーザー:推定10トンクラス)」が静かに浮き桟橋に横付けされてところに連れて行かれた。
 「おーい、お客だ。起きろ!」と怒鳴りながら案内した男はスバに荒々しく乗り込んで行った。「およよ」と思っているとだんだんスバの中が騒がしくなり、かなりの人間が宿泊していたようだ。どうも昨日のドーバー泳『1st(リレー)』が泳ぎ終わってからそのまま残っていたらしい。我々は『2nd』だ。スバに宿泊した約半分の人数は他の船に移った。どうもその船もドーバーの伴走船で今日、他のチームの伴走をしてフランスまで行くようだ。アリソン・ストリーターも「今日泳ぐ(43回目の横断)」と言っていたから今日は和やかになるだろう。船のクルー達の明るさが私の重苦しい動揺を吹き飛ばしてくれた。
 スバにはパイロット3名、オブザーバー2名が残った。「準備完了」で我々2名が乗り込むと、スバは静かに桟橋を離れた。港内の防波堤には「交通管制 マリンVHF(無線):〇×チャンネル」と書いてある。なるほど、チャンネルを合わせれば今のドーバー周辺の船舶交通が分かるようになっているのか・・・。港を出ると相変わらずドーバーの強い潮流にスバは踊るように揺れた。スバのキャビンでベンチ・シートにキンちゃんと二人、お雛様のように座らせられると揺り篭のように揺れるスバで我々は知らぬ間に眠りに入っていた。

―出発のときが来た―
 「着いたぞ!」の声で起されると、我々は慌てて泳ぐ準備に入る。キンちゃんの身体に私がグリースを塗る。「肩さん、肩さん、今日はキンちゃんをフランスまで連れて行って、そして戻るまで動いてくださいよ」、「首さん、擦り傷になると痛いから、擦れても大丈夫なようにグリースを塗ります。キンちゃんの息継ぎがちゃんと出来るように、フランスまでの往復、頼むよ」と心で唱えながら塗り込んでいく。
 オブザーバーは「スタートは身体の全てが海水に触れないところまでビーチに上がってください。そしてスタート準備が出来たら我々に手を振って合図を送って下さい。我々はその合図を確認したら"出発音"を出しますので、音を聞いた後、すみやかに泳ぎ始めて下さい。云々・・・」と、いちおうの注意事項を述べると最後に「成功を祈ります」と静かに語った。
 その一つ一つを聞いてうなずいたキンちゃんが、最後にグリーンのケミカル・ライト(ライト・スティック)がついたゴーグルのレンズを眼に合わせる。「行ってきます」と言ってスタート地点のアボッツ・ビーチ(イギリス)に向かい飛び込んで行った。もうキンちゃんはフランスに行って帰ってくるまでこの"スバ"には乗らないはずだ。
 しかし数年前までスタート地点がドーバー港のすぐ西側にある"シャークスピア・ビーチ"だったのに、最近はどんどんスタート地点が西にずれている。アボッツ・ビーチはドーバーの西にある港町「フォルク・ストン」とのほぼ中間に位置する。まあ我々だけがアボッツ・ビーチからスタートをするのではなく、他のチームも全てアボッツ・ビーチからスタートしているので文句を言っているのではないが、終いにはフォルク・ストンからスタートするようになるのではないだろうか?

―私の仕事は忙しい―
 午前3時30分、「パァァァ〜〜〜〜ッ」の出発音でキンちゃんが泳ぎ出す。この「ドーバー2Way」が成功すれば「日本人初」になる。その一部始終を目撃できるチャンスに私は恵まれたのだ。キンちゃんのスタートをビデオやカメラに収め、記録を取り、泳中の栄養補給食を作り、与える。まあ船内で私がじっとしていることはあまり無い。
 スバのキャビンには小さなキッチンがある。「キッチンでも何でも好きに使って良い」と言われた。食材の加熱に日本の「使い捨てカイロ」を100枚ほど準備してあるので火を使わずに加熱することは可能だが、時間がかかる。ガスコンロが好きに使えるのはラッキーだ。ただし、「ガスコンロ使用中はコンロから離れず調理器具を手に持って離さないこと」と注意付きであるが、まあそれは当たり前のことだ。
 記録を取るためにハンディのGPSを持参して来た。こいつは2階のデッキに取り付けるのが良い。筆記用具やノートも記帳しやすいよう、2階デッキ、ベンチ・シート下に飛ばされないような工夫をして置いておいた。ビデオやカメラは「潮に弱い(錆びる)」特徴があるので、これだけはバッグに入れてキャビンの中に置いた。使用するたびに出せば良い。

―工夫―
 4時ころ、晴れて星がきれいに見える。方位175度、後方より風力5の風を受ける。追い風なんて始めてだ。今までキンちゃんと練習してきた海は、"必ず"と言って良いほど天気が悪い。私の持っている「遠泳中止基準」のライン上を綱渡りのようにして泳いでいた。いつやめたっておかしくない状況で練習してきた。風は横風が良いところ。後のほとんどは向かい風である。ある日の「2Wayのシミュレーション」で行きが向かい風だった。「これで帰りは追い風だぜぃ・・・」と思ったら案の定帰りに入ったところで風向きも変わり、しっかり向かい風になった。「あんたは嵐を呼ぶ女だ」と私が言うと、「あら、私は嵐とお友達なだけよ」とあっさり言われた。それが本番の今はどう言うことか。追い風を受けて順調な滑り出しである。まさに「順風満帆」と言いたいところだが・・・・・、すでにキンちゃんの足が動いていない。
 1時間ごとの栄養補給。砂糖とマキシム(炭水化物が中心になって作られたスポーツ用栄養補給食品)入りコーヒー。このコーヒーは約60℃(スイマーのお飲みごろ温度)にしてスクイズボトル(ストロー付き)に入れてある。スクイズボトルは径が5mm、長さ30mの化繊ロープでスバの左前方ブルワーカー(デッキの舷側にある転落防止及び波の打ち込みによる入水予防の柵)とつながっている。そしてこのロープは使用していないときは"ダブルチェーン(絡まないようにするためと、スクイズボトルを投げるとその場で解ける編み方)"でブルワーカーにぶら下げてある。
 オブザーバーは「何をスイマーに与えようとしているのか」聞いてくる。内容を答え、「渡して良いか」判断を尋ねる。「OK」。次はパイロットに「栄養補給の作業をするが、良いか」と尋ねる。「OK」。それで始めてキンちゃんに「ヘーイ! 食事だ!!」と伝える。船が止まり私はキンちゃんにスクイズボトルを投げる。ロープはスルスルスルっと解けてキンちゃんの1m未満に着水する。キンちゃんはスクイズボトルを掴むとストローを引き出し口に入れると飲む。このとき重要なのは、「ストローで吸う」ではなく、スクイズボトルを押して「中の栄養補給食品を押し出す」である。何故ならば"吸う"より"押し出す"の方がはるかに早く飲めるからである。

―検査、記録、そして居眠り―
 キンちゃんは毎回「全てを飲み干す」と言うことは無い。当然少し多めに作って渡しているが、残量でどのくらい飲んだか判断出来る。それによって体調まで少しは掴むことが出来る。残量検査が終わると容器を洗って収納する。このときのキッチンはありがたい。そして私はビデオとカメラを持って2階デッキに上がり撮影と記録を取る。現在地、水温、気温、風向、風速、波高、天候、視界、状況、キンちゃんのピッチ数など、出来るだけこまかく記入する。
 キンちゃんの1分間のピッチ数を数える。2階デッキに上がりベンチ・シートに横座り、ブルワーカーに肘をかけて「1、2、3、4、5、6、7、8、9、・・・・・」・・・・・「おい、起きろ。もうすぐ食事の時間だろ」とオブザーバーに起される。"ハッ"と眼が覚める。どうやら居眠りをしてしまったようだ。「そうだ!」と慌ててキッチンに下り、栄養補給食を作り始める。
 後から聞いた話だが、「2回居眠りしたでしょう」とキンちゃんに言われた。確かにそのとおり、2回ほどオブザーバーに起されている。スイマーは泳ぐ以外やることは無い。さしずめ船内の状況を事細かに観察している。船内の作業で、誰が何処で何をやっているかなどはスイマーに聞いたほうが良く知っているかもしれない。何故ならスイマーの五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)の代用をやっているのが船であり、船の情報がスイマーにとって全てなのである。ただここで注意することは、スイマーに与えた方が良い情報と、与えない方が良い情報があることを船上のクルーは知らなければならない。特に曖昧な情報、誤った情報は絶対に良くない。

―連絡、通報―
 5時ころ、ちょうどドーバー港の正面4〜5km沖合を通過している。波高1m。空が白み始める。風は追い風、ピッチ66、方位165。05:12日の出。05:19はるさんから電話。「泳いでいますか?」、「はい。今、泳いでいます」、「小田切杏子さんからのメッセージです。"ガンバレ、ガンバレ、ミユキ"、"ガンバレ、石井先生"とのことです」、「ありがとうございます。嬉しい知らせです」。
 そう言えばキンちゃんがドーバーに来てビーチで練習中、やはりはるさんから電話があった。どうやら菱沼さんの自宅でみんな揃っているようで、生山さんと話しをした。なんだかみんなが気にかけてくれるのはありがたかったが、急いで切られたような気がした。まあ国際携帯電話だから通話料の問題もあるし、仕方ないか・・・。またキンちゃんがドーバーを泳いでいるときもご主人から電話があった。みなさん期待と心配をしているのだろう。それに応えられるよう、快適に泳ぐ環境を作らなければ・・・。
 6時ころ、スバと他のチームの見える範囲内の船は、合計4隻でちょうど"ダイヤ型"の位置関係で平行して進んでいる。スバからは真正面の遠くに見えるのと、左右の時計で言えば"10時の方向"と"2時の方向"に1隻ずつ見える。スバの後方には見えなかった。「アリソンの船は?」とアリソンの弟であり、今回のパイロットでもあるニールに聞いた。「ああ、だいぶ先を泳いでいるね」と答えてくれた。
 キンちゃんは1ストローク、1キックくらい足を使うようになってきた。しかしこれは足が痛い時の泳ぎである。
 7時ころ、フランスのカレーとドーバーを結ぶ航路の上を、この"ダイヤ型船団"は崩さずに通過。今まで進行左側を通っていたフェリーが右側になる。航路に近いせいもあるのか、船舶の往来が激しくなる。ニールが「こちらスバ、こちらスバ、現在ドーバーを泳いで渡る者の水先案内をしている。現在地は北緯〇×度△□分、東経◎●度▲■分。周辺を航行している船舶においては充分注意されて航行されたい」と無線機のマイクに向かって話しかけている。どうも他のチームの船も同じようなことを喋っているようでマリンVHFの無線機からよく聞こえる。
 スバのマストには「操縦性能制限船」の"形象物及び燈火"が掲げてある。これは「著しく操縦性能が制限された船舶なので、周辺を航行する船舶は避航してくれ」の意味である。ちなみに最も優先される船舶の順位を述べれば、「運転不自由船(不慮の事故などの理由により、運転の自由がきかない船舶)」、「操縦性能制限船」、「漁ろう中の船("釣り"は「漁ろう中」と言わない)」、「帆船」である。したがってこの"形象物及び燈火"を掲げた船を見た船舶は、運転不自由船ではない限り避航義務が生じるのである。
 またクルー達は大型の双眼鏡を持っており、接近する大型船舶の船名を見ると、直接その船を呼び出して"避航依頼"を出したり、ドーバーの交通管制センターを呼び出して他の方法で「泳いでいる人がいる」と言うことを知らせてもらったりしている。直接大型船と通信が取れると、「凄いですね。無事泳ぎ渡れることをお祈りします」などと大型船から言ってくることも多々ある。同時にこれらの事態は全てオブザーバーが記帳し、参考に保存しておくようである。まあうらやましい限りの環境を作り上げたものだ。

―日本食―
 とにかくオブザーバーはありとあらゆることを記帳している。船舶交通、気象・海象、スイマーの状態などなど・・・。ことに今回のオブザーバーは"真面目"である。この人を見て学ぶことは多い。キンちゃんから栄養補給で「タマゴ粥」のリクエストがあった。オブザーバーは「これは何か?」と質問する。タマゴ粥のパッケージを見せながら説明する。「おお、俺もこれが好きなんだ」と笑った。ちょっとかわいいやつだ。しかしタマゴ粥ならパッケージの絵を見せて説明できるが、次にキンちゃんは「甘酒」をリクエストしてきたのだ。
 昨今の和食は「世界の和食」になりつつある。まあ"世界一、長生きの国"として、普段は何を食べているのか気になっているのだろう。ロンドンでもニューヨークでも「スシ(鮨)バー」は大流行りだそうである。ドーバーに来ても「鮨」は日本の食文化として知られていた。そんな中で甘酒を見たオブザーバーが聞いてきた。「これは何?」。
 「サケ(日本酒)」はすでに「Sake」として喋っても通じる。そこで「甘い酒」と喋ったらオブザーバーはどう取るだろう・・・。「アルコールの入った飲料をスイマーに飲ませるのか?」と思われてしまうかもしれない。「アルコールの入っていない酒(事実である)」と説明しても「アルコールの入っていないものを酒というのか?」と聞かれるような気がしてきた。「むしろ"酒"について語るのはやめよう」と判断し、「これは"ライス・ジュース"だ」と答えた。
 さて、スバにはもう1人のオブザーバーが乗っている。彼女の名前は「ケティ」、次の潮でドーバーを渡る(1Way solo )予定の女の子だ。彼女は数年前に日本の群馬県に英語を教えに来ていて、2年間ほど住んでいたことがあるらしい。そこで彼女は考えた。「ライス・ジュース?? もっと良い栄養補給があるんじゃないの??」。「いや、これには"酵母"が入っていて身体には良いんだ」と説明したかったが、「酵母」の英単語が出て来ない私にその説明は無理だった。ケティは不思議そうな顔を繰り返すだけだ。まあそれまで採っていた「アミノ酸、マキシム、ポカリスェット(キンちゃんお気に入り)」とか「バナナ」の方が納得するのかもしれない。

―苦痛―
 8時ころ、「昨日のリレー・チームより良いコースだ」とニールが言ってきた。コックピットの隣には大きな机があり、その上には海図が広げられている。オブザーバーはその海図に現在地を記入している。そんな航跡を見たニールが私に説明してくれたのだ。天気は相変わらず追い風であるし、キンちゃんの気になる「足を引きずるような泳ぎ」以外は順調に進んでいるかのように見えた。
 9時ころ、クラゲの大群と遭遇。
 10時ころから声が聞こえ始めた。海から聞こえるその声は、決して幽霊なんかではない。「あ、嗚呼・・・」、「ぅお、ウウウゥゥゥ・・・」。足の激痛に耐えるキンちゃんの"呻き声"である。それは始め1時間に1回程度の間隔だったが、やがて30分に1回、15分に1回、5分に1回とインターバルが短くなった。
 11時ころ、しきりに足を痛がるキンちゃんに、見るに見かねたケティが「私、いっしょに泳いでストレッチを教えてくる」と言って水着に着替えると水に入った。ドーバー泳のルールでは、スイマーに触らなければ、1時間まで他のスイマーがサポートをしてもかまわないことになっている。「1時間付き合う」と言った彼女だが、11時30分の栄養補給でケティも上がってしまった。
 その後キンちゃんは「足が痛いので先生がそばにいてくれ」と頼んできた。栄養補給食は作らねばならないが、その後の記録は記帳できていない。したがって記憶だけでここからは書くが、少し時間の"ずれ"はあるかもしれない。
 12時ころ、クルーの1人が救急箱から「鎮痛剤」を出してきた。「これ(錠剤)をつぶして飲ませれば良いんだよ」と言って、3粒の錠剤をスプーンでつぶし、マグカップに入れてくれた。私は先に"コップ置き"が付いた長い棒にマグカップを乗せ、もう片方の手には白湯を入れたスクイズボトルを用意し、「ほら、全部飲むんだ」と言って飲ませた。
 鎮痛剤の即効性はどのくらいからあるか分からないが、気を紛らせてもすぐに「痛い!」が始まる。ケティが「まだ30分泳げるから、私、また入って誘導する」と言って入ってくれた。
 13時ころ、14時ころと"ごまかし。ごまかし"泳がせてきた。しかし表情は「限界」である。15時を過ぎるころになると「痛い」が「上がりたい」の弱気に変化していった。だがフランスは目の前まで迫っている。GPSによる直線距離も8kmであった。
 「いいか、ちょうどここはイメージで言うと初島から熱海くらいの距離なんだ。分かるか? ちょうど初島から熱海が見えるようにフランスのビルなども見えているんだ。だからもう少し泳ごう」
 ニールが「あと5時間我慢させられないのか!?」と聞いてきた。"5時間"、正しい判断だ。一般的に「あと何分」は"最短時間"で言いたくなるが、この"5時間"は、"最長時間"の表現だ。つまりすでにかなりペースダウンはしてしまったものの、あと5時間キンちゃんの今の泳力が継続できればフランスまで到達出来る。ただすでに限界まで来てしまったキンちゃんに「プラス5時間」はかなり重い。
 「いいか、みんなキンちゃんを成功させたくて努力しているんだ。そこでキンちゃんが痛がっていてどうするんだ。分かるか? みんなキンちゃんをフランスまで泳がせたいんだ。あとどんなに長く見積もっても5時間あれば着く」。普段私は到着時間などいっさい口にしない。プールではないのだ。生きている海で「残り時間」などあまり意味をもつことは無い。つまり同じ8kmでも1時間もあれば到着してしまうこともあるし、何時間かけても到達できないこともある。海はそう言うところなのだ。しかし「8kmを5時間」と言うのは確かに合っている。これは経験的なものからしか言えないが、合っているのだ。問題はこの「8kmを5時間」と言うストレスに、激痛の渦中にあるキンちゃんが耐えられるかどうかだ。
 16時ころ、「もう上がらせて」とキンちゃんが言ってきた。私にSMの趣味は無い。散々聞いてきたあの呻き声は、私の継続させる力より上回ってしまったのだ。16時過ぎ、12時間30分以上は泳ぎ続けたと思う。しかし「クラゲに刺された」程度の痛みなら分かるが、その足の痛みはどのくらいのものなのか、私に推し量ることは出来ない。激痛に耐える呻き声。悲痛な表情。それを感じ取れば「ただ事ではない」と誰もが判断出来る。「痛いのは生きている証拠、泳げば治る」とか「痛みと戦ってはいけない。痛みと友達になる努力をしなければ」とか「痛みとの付き合い方」なんてよく言ってきたものだ。まあこれらは確かに"持論"ではあるが、ある意味「キンちゃんも普通の女性なんだな」ということが分かり、どこか"ホッ"としている自分もそこにあった。
 キンちゃんがスバに乗り込む。ゆっくり痛い足を引きずりながらキャビンのベンチ・シートに横になった。今まで食材の加熱に使っていたカイロをベタベタと痛い足などに貼り付け温めた。「喋らなくて良いからもう寝なさい」と私が言うと、キンちゃんはコクリと首を縦に振って静かに眠りに入った。
 船が揺れる。その動揺でキンちゃんがベンチ・シートから落ちそうになる。クルーの1人と私はキンちゃんが落ちないようにつっかえ棒になった。そしてその姿勢のままで私も寝てしまっていたようだ。
 スバがドーバー港へ滑るように入る。白夜のヨーロッパ。6時ころではまだ明るい。ハーバーにはフリーダが迎えに来てくれていた。キンちゃんを抱き締めて「よくやったじゃないか」と抱擁し、私の方を向くとこう言った。
 「2Wayはダメ。でも1Wayならもう一度チャンスを上げるけど、やってみる?」
 「はい。是非もう一度やらせてください」

後編へ続く


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