日程

2004年    
7月19日(月)

20日(火)


21日(水)
22日(木)
23日(金)
31日(土)
8月1日(日)
         
 2日(月)

城ヶ島ロングディスタンススイミング大会
大会終了後、撤収。
城ヶ島から田端のトラジオン事務所に移動し、荷物の片付け。
田端から成田に移動。
東京(成田)から 21:55発 パリへ 04:15着(翌日)
パリからドーバーへ
休息日
30日(金)まで:トライ待ち
休息日
ドーバーからパリへ
パリから 23:25発 東京(成田)へ18:00着(翌日)
午後6時、到着予定

 ドーバーでの宿泊場所
 
Maison Dieu Guest House メゾンデューゲストハウス
89 Maison Dieu Road Dover Kent England CT16 1RU
Telephone +44 1304 20 40 33
Fax +44 1304 24 28 16
Email info@maisondieu.co.uk
Website www.maisondieu.co.uk

Resident Proprietors
Barry&DianeFrench

Arr: -July 21,2004
Dep:-August 1 ,2004

on Wednesday July 21st 2004
for 11 nights.

駐在所有者
ベリーとダイアン・フレンチ

到着--2004年7月21日
出発--2004年8月1日

2004年7月21日(水曜日)
より11泊

 予約結果

  Tidal Period Swim Position:
       23rd to 30th July 2004 (2 nd)
  Swimmer: Miyuki Fujita
  Pilot: Neil Streeter
  Pilot Boat: Suva
  Swim Type: Solo 2-way

潮流の安定した時期と泳ぐポジション:
      2004年7月23〜30日(2番目)
泳者:藤田美幸
パイロット:ニール・ストリーター
伴走船名:スバ
ソロ:2Way




 2004年7月23日
 朝10時、フリーダさんに会い、私の実力を見て貰いました。「ここから出て左へ泳ぎ、どんつくまで行って、右へ行って、また、どんつくまで行ったら戻って来なさい」と指示を受けました。この一直線は約1.1km。殆どのスイマーがこのように練習しているので、何分で泳いだかで私の速さが分かります。私はキックを打ち普段と変わらないマイペースで泳ぎました。その時ロンドンからフリーダさんの娘のアリソンさんがビーチに来て、私の泳ぎを見て石井先生に「あ〜、50分だね」と言ったそうです。そうなんです。私は、ぴったり50分で戻って来たのです。それからペットボトルに入れておいたお湯をかぶり、しばらくフリーダさん達と話をしていました。
石井「だいたい泳ぐのはいつ頃になりますか?」
アリソン「多分今日は第一泳者が泳いでいるし2日後だと思う」
石井「そうですか」
アリソン「あなた達はいつ頃が良いですか?」
石井「キン、いつが良い?」
キン「私はいつでも良いですよ」
とこんな会話をしていました。後で明日の朝突然3時に港に集合となるとは、全く予想していませんでした。昼はおいしいものを食べようとエイト・ベル(パブ・レストラン)に行き、パスタ、チキン、ポテト、ビールを飲み、少し寝てしまったところに「石井電話だ」と夕方4時頃ダイアンさんに起こされました。
石井「今、フリーダから電話が入り、明日の朝2時に港へ来てくれのことだ」
キン「えー、何も用意していないよ。ビールも飲んじゃったし、先生、お水とバナナとビール買ってきて。早く飲んで寝なくっちゃ。私は明日の荷物をまとめるから」
石井「分かった。でもビール買ってくるの」
キン「そうだよ。じゃないと寝れないよ」
石井「分かった」
早速お互いの担当を決め、明日への準備にかかります。スーツケースから前もってまとめておいた栄養補給食品などをバッグに入れました。先生が帰って来る頃には準備万端整います。後はビールを飲んでぐっすり寝るだけです。明日は朝1時45分にタクシーの手配をダイアンさんに頼んでおきました。

 第1回目チャレンジ
 ビールを飲んだお陰で熟睡し、大西さんやはるさんに「今から行ってきます」と電話をし、暗い中ゲスト・ハウスを出て港へ向かいました。2時に着きましたが、横にはリレーのメンバーらしき人達がいる。一人の男の人がやって来てこちらに来るように言われ、付いて行くと船の中にはたくさんの人がいます。「まさか、こんな大勢の人が乗るのではないよな。お土産こんなに用意してないよ」この人達はどうやらCS&PFの人達で、仲間でワイワイと船で過していたようです。後の船には5〜6人でこちらの船の人達と話をしています。英語が分からない私。私は今から泳ごうとしているのに、「この和やかな雰囲気何なのだろう」後で分かったのですが、その後の船もCS&PFの船で、私と一緒の時間に出るらしいのです。フリーダさんとアリソンさんが来ました。「グッド・モーニング」これだけは話せます。やっとわかりました。アリソンさんも今日泳ぐらしいのです。そしてニールさんは第一予約の泳者を泳がせたばかりのようでした。
3時近くになり、それぞれのポジションに付きました。船に乗っている人はパイロット3人、オブザーバー1人、ケティさんと先生の6人でした。7月24日、朝3時に船は港から出て行きました。私と先生は、栄養補給用の袋に使い捨てカイロを貼付け、栄養補給食品にも使い捨てカイロを貼付けていきました。そして横に並ぶ二艘の船を見ながら寝入ってしまったのです。
 ビーチの近くになり、起こされた私はジャージを脱ぎ、耳栓、キャップ、ゴーグルをしてデッキに行き、先生にラノリンを塗ってもらいました。どこも水着で擦れないように念入りに。
 船が止まり私のスタートです。「行ってきまーす」と船から降りビーチへ。そして、ビーチで立ち上がり右手を上げ、船の合図と共に泳ぎ出しました。2ウェイとということもあって、体力を消耗しないようにキックは打ちませんでした。ところが、これがまたもや予想しない出来事になるとは、思いもしませんでした。キックをしなくても順調に一時間を終え、少しキックを打ちました。そうしたら先生が“グー”の合図をしてきました。何で“グー”の合図なのか理解出来ませんが、取りあえず“グー”をしておきました。
 最初の栄養補給食品はぬるくて少ししか飲めません。(わがままな私です)なんだか足の痛くなるのが早く2時間位で痛くなりだしたのです。いつもの事ですが、何故か他の事を考える事が出来ません。栄養補給食品も少ししか飲めず、いつもなら大好きなアミノバイタルも海の中で吐いてしまいました。
  朝日が見えます。凄く綺麗です。そしたら先生が寝だしました。私は泳ぎながらとっても良く見ています。オブザーバーに2回起こされています。 先生、私は痛くてしかたがないのです、誰か船の上から私を見ていて欲しいのです、少しでも気をまぎらわしたいのです。もう痛さとの戦いでした。どうしても足の股が痛くなり力が入ってしまいます。ぴーんと伸ばしっ放しでキックが打てないのです。ときおり体を丸めれば次の泳ぎから少しだけ痛みが治まるのですが、そうすると船の後方になり慌てて泳がなければならなりません。
 しばらくすると、ちらほらと赤クラゲの赤ちゃんが見えて来ました。「来るな。こっちに来るな」と避けながら泳いでいます。「ぎゃー、青クラゲ。花みたいに可愛いのだけれど、やめて」と心の中で叫んでいました。ほんの少し足の痛みを忘れる事が出来ました。一瞬でした。そしてまたもや痛みとの戦い。もっと別の事考えればいいのに、余裕がありません。ワンキックずつ入れる事にしました。これが、不器用な私。2ビートは難しいのです。だけど、24時間泳の時は少しずつ2ビートすれば足が元通りになった事を思い出し打っていました。天気がとてもいい。日差しがこんなに暖かく感じる事はありませんでした。もっと私を照らして欲しいと何度か願いました。またもやクラゲの団体に会いました。それも半端じゃありません。ウジャウジャなのです。私の泳ぎを見て船の上から、
石井「クラゲに触るな。痛いぞ」
キン「分かってるって」

 手を伸ばしてバタ足状態。早くこの場から去りたいのです。リレーの時の菱沼さんと同様、まるでインベーダーです。赤クラゲと青クラゲの団体いらっしゃい状態。赤ちゃんクラゲ、大きいクラゲ、もう嫌です。早くこの団体か脱出出来ないものかと思いながら、50m位続きました。「船から見ているだけじゃなくて、網か何かですくってよ」と避けながら、避けながら前へ進み、刺されないで済んでホッとしている私でした。「よかった」この時も、足の痛みは忘れています。ここからです。泳ぎながら「ああ痛い、ああ痛い」と叫びだしていました。「もう嫌だ。もう嫌だ」という思いが脳裏を駆け巡っています。足が痛いのです。何時間続いたのでしょう。耐えに耐えました。前にはうっすらとフランスが見えています。でも今までの練習上、あのうっすらはまだこのキックが打てない状態だと10時間はかかると思えます。私は「足が痛い」と叫びました。返事は「分かっている」。先生の言う言葉は、何が返って来るかは、私自身知っているのですが、これだけ痛い私。先生に言いたいのでした。でも、見ている先生はもっと辛いんだろうなと思います。痛くて痛くて、心の中で叫びながら泳いでいます。言ってはいけないが、私のはけ口が先生に傾いてしまいました。
キン「先生、足が痛い」
石井「泳げば治るから」
わかっています。24時間泳の時も痛さに我慢してキックがうてれるようになったのですが、キンはもう凄い我慢して泳いで来たがちっともキックが打てません。
キン「痛い」

 先生は船の上から手を回しクロールで泳ぐ姿をまねするだけでした。分かりました。泳ぎますよ。私は泳ぎ続けました。だけど足が少しずつ痙攣して来ました。「もうダメです。痛すぎます」目の前のフランスを見ながら諦めかけてきました。すると先生から「もうすぐ横でケティさんが泳いでくれるから待ってなさい」と。8月ソロで挑戦するケティさんが泳ぎだして来ました。ケティさんは速いのです。横で泳いでくれますが、足の痛さは変わりません。船から皆が見ています。その時に先生の姿が見えません。「先生どこ。何処に行ったの。ねえ。痛くて仕方が無いの」ケティさんさんは、30分位で上がってしまいました。私とはピッチが合わないのでしょうか。それからも泳ぎ続けました。赤クラゲも見ました。青クラゲも見ました。泣き叫びました。限界に来ています。もう一度先生に痛いと告げました。
石井「分かった。今ケティさんがストレッチを教えてくれるから待ってなさい」
ケティさんはまた私の横に来て、ストレッチを教えてくれます。丸める方はわかりましたが、気が動転している私。 あまり集中出来ません。段々船の後方へ流れて行きます。するとデッキから「痛み止めの薬を飲みなさい」とコップに細かく刻んだ薬とお水を渡されました。
石井「全部飲むんだよ」
キン「分かった」

 その後、飲んだ事の無い味の栄養補給食品が出され、一口飲んだらもっと飲めとケティさんが言い、もう少し飲んだらもっと飲めと言います。「分かった」1/4残しましたが頑張って飲みました。それからケティさんは上がってしまいました。
石井「もう少し我慢しなさい」
キン「分かった」
痛みをこらえながら、このもう少しを待っていました。もう私の頭は、「先生、いつになったら船にあげてくれるの」という気持ちに変化していってしまったのです。泣きながら心の中で叫びました。こんな私を見ている先生は非常に辛くて仕方が無いと思います。先生が見えなくなりました。泳ぎを止めて「先生」と叫びましたが、日本語は通じません。足が痛いのです。もう持ちません。先生の姿を見つけるやいなや、「先生もういいよ。上がる」と言葉にしました。ニールは「後5時間でフランスに着く。我慢出来ないのか」と言っていたらしいのですが、もう私にはマイナスの考えしかなく終止符をうってしまいました。あの後ろのデッキにぶら下がっている階段を持った瞬間「終わってしまった」と感じました。それからは赤い暖かい飲み物を飲み、椅子に横たわり、震えると同時にさっき使っていたホカロンを足や手、体につけられていき寒さと戦いながら眠りに落ちていきました。

 

 12時30分。私は9時間47分泳ぎました。3/4の地点でした。後になってから聞いたのですが、船に同乗してくれた人は皆私を成功させようと必死だったと。船は2時間かけて港に着き、フリーダさんが港で待っていてくれました。暖まった私は起き上がり、先生とフリーダさんーの話を聞いていました。
フリーダ「もう一回泳ぎますか」
石井「はい。もう一回泳ぎます。キン泳ぐでしょ」
キン「はい。お願いします」
嬉しかった反面、またこの痛い思いを味わうのかと内心動揺している私でした。話し合いが終わり、フリーダさんーがゲストハウスまでケティさんと送ってくれました。


第2回目のチャレンジへ