7/30(金)

 6時半に起き、7時半から朝食を取りました。
キン「先生、私はレース前に食事を取った事が無いから要らないよ」
石井「いつも副食ばかり食べているので、ちゃんと主食を取りなさい」
キン「はい」
 たくさん食べ8時50分に頼んであるタクシーに乗ろうとすると、ダイアンさんが来て「グッド・ラック Do your best」と言ってきました。本当に良い人です。
 9時に港に着き、「本当に今日は船が出るのだろうか」と心配しながら、ニールさんの船を見ると人のけはいがします。港の入口で1回目に泳いだ時に会った男の人がいました。女性を一人連れています。この女性の方は大きくて、もちもちしています。やはりドーバーを泳ぐ人はこうでなくてはいけないのでしょうか。2ウェイを泳ぐらしいです。
 オブザーバーが迎えに来て船に荷物を積み、私たちは二階の方に移動し待機していました。もう一艘の船も私たちと同様、船でゴソゴソしています。あの2ウェイの女性の船でしょうか。
 今回は1ウェイという事もあり、パイロットのニールさんと、名前が分からない"ステラ(ビールの銘柄)"の赤いシャツを着たパイロットと、この前のオブザーバーの3人が私のサポートをしてくれます。そして先生です。
 港から沖へ。船はとても遅いのです。多分スイマー用に出来ている為、速く走れないのでしょう。どんぶらこ、どんぶらこ。後ろにはもう一艘の船がどんぶらこ、どんぶらこ。やっとAbbott's Beachの前に着き、この前と同様ビーチ迄泳ぎ、身体のすべてが海水から出た所に立って右手を上げました。


 第二回目チャレンジ

  プォーという汽笛の音を合図に泳ぎ出しました。
 朝10時、波の高さ2m。水温は17℃で東南東の風16ノットです。

 今回はキックを打たなければ!
 初めから普段と変わらないマイペースの泳ぎをしていました。天気は曇り空ですが、風が強く波もけっこうあるようです。日本の練習ではラフウォーターの方が多く慣れています。私はむしろこの方が好き。1回目は鏡の様な海でしたから、今回と比べれば月とスッポンです。
 皆が後ろの方向を見ています。「何だろう?」と私も息を吸いながら見てみると、ドーバー城が見えました。「あっ先生、昨日行った場所だ」・・・という事は少し流されているのでしょうか。

 1回目の栄養補給は、マキシム+フルーツ・シュガー+お湯+コーヒーでした。フリーダさんに言われた通り、出来るだけたくさん飲みました。先生は栄養補給品を私に渡す時、いつも声を掛けてくれて、ボトルの中に何が入っているかを言ってくれます。私は大きな声で「ベリー・デリシャス」と答えます。なんせフルーツ・シュガーの味付けは初めてですから。

 ニールさんは運転がとても上手です。私の泳ぐ位置からニールさんがよく見えます。それも目と目が合い私の事をいつも見ていてくれ、「お前は一人じゃないのだぞ。ずっと泳ぎ続けろ、俺が必ず成功させてやる」という気持ちが伝わって来ました。私は知らず知らずに船と競争して楽しんでいました。
 「あら、ステラの赤シャツさん、ニールさんと運転を交代したのかしら」この人は私から見ても慣れていない運転の仕方でした。船の前に何回出たことやら。その度に船は大回りで私の横に来ました。それにこの人、私を船の後ろにつかせました。「よし、またこの船を抜かしてやる」と、今度はステラさんの運転を楽しんでいました。先生はピースをしたり、手を振ったり、にらめっこをしたりして私の気分を和やかにしてくれます。
 これは駿河湾を泳いだ時、写真屋の木村さんが船の上から私を見守り続け、手を振っていてくれたり、ピースをしてくれたりして足の痛みを忘れる事がほんの一瞬でもあったから、先生にお願いしておきました。私も先生にピースを返したり、指で丸を作ったり、船との会話をし始めていました。

2回目の補給(マキシム+コーヒー+お湯+フルーツ・シュガー)
 コーヒーが入っているせいか眠たくなりません。でも毎回栄養補給が同じ物だったら「コーヒーの飲み過ぎで胃が悪くならないか」とか、「効き目が無くならないか」と心配でした。そこで3回目の補給の時に、「もうコーヒーは要らない」と先生に頼みました。
先生「分かった」
 贅沢な泳者ですが、こうして分かり合える事が一番大切な事だと思います。一人で泳いでいるのではない、先生と二人三脚でフランスまで泳ぐのです。

4回目の補給(マキシム+紅茶+フルーツ・シュガー+お湯)
 私は話さず指で丸を送っておきました。
 オブザーバーは絶えず二階から私の事を見続け、周りの船に気を使っています。私が泳いでいる時に見掛けた船は、一艘一艘チェックし、近づいて来たらパイロットに報告して無線で「泳者がいるのでもう少し避けて欲しい」と連絡するらしく、そうすると船は避けてくれるらしいのです。これはドーバーならではでありました。日本の場合、何処の船が何処を通っているかをチェックし、その時間帯は避けて泳ぎを伴走する船が走らなければなりません。この辺が日本とは大違いです。

5回目の補給(マキシム+紅茶+フルーツ・シュガー+お湯)
キン「これで良い」
 やっぱりこうやって話しかけられると嬉しいです。
 泳いでいるうちに「ボーッ」と汽笛の音がするようになりました。どうしたのでしょう、近くに船がいるので鳴らしているのでしょうか。私には分かりません。
 オブザーバーは絶えず私の栄養補給食について、何をどれだけ飲んでいるかをチェックしています。それも荒波の中、船は上下左右前後に揺れ傾き、先生も一緒にノートをしっかり持ち、身体を揺らしていながら書いているのがよく分かります。
 時折ビデオを回したり、デジカメを撮ったりしている船の中の様子を見ては、「皆何をやっているのだろうか」と観察しています。泳者はこういう風景を見るのが好きです。それしか楽しみがありませんから。

6回目の補給(マキシム+紅茶+フルーツ・シュガー+お湯)
キン「分かるよ」

7回目の補給(マキシム+紅茶+お湯+フルーツ・シュガー)
キン「甘酒が飲みたい」

8回目の補給(甘酒)
 私は丸を作って合図をしました。
 足はすこぶる痛く、少しずつストレッチを入れ出しました。身体を丸めてその間もクロール状態で、それは手だけは動かすので「トドが溺れている」みたいです。丸めた足をゆっくり、ゆっくり伸ばし最後まで伸ばし切る時の腿や股の付け根がとても痛いです。
 するとまたもや船の後方へと行ってしまいます。何か良い方法は無いのでしょうか。こんな事何回も繰り返していたら、前に進む距離が短くなってしまいます。泳ぎながら「バタ足を直に切り替える方法は無いものか」と考え、ある方法を思い付きました。
 栄養補給の時、私はあおり足が出来ないからバタ足をしています。クラゲがいる時も足の痛みを忘れてバタ足をしています。そうだ、身体を丸めたあと、水平に足を伸ばすのではなく、下に足を伸ばしてバタ足をしてみよう。でもその時にクラゲがいて刺されるのは嫌だけど。

9回目の補給(マキシム+紅茶+お湯+フルーツ・シュガー)
石井「今度は何が良い。温度に気をつけて。熱いかも知れない」
キン「コーヒー入れて」
石井「分かった。今、半分まで来たからな」
 「えー、まだ半分」、1回目とは大違いです。泳がなければ。やっぱり流され流されながら泳いでいるのでしょう。足が痛いです。キックを打たねば。ストレッチもしてみます。今度は身体を丸めて下に足を伸ばしてからキックをし、その状態からクロールにもっていくと、ストレッチから泳ぎへの移行がすんなり時間をかけずに出来ました。痛みも無いし。「やったあ」
 足の痛みと少し友達になれたような気がしました。この時から私の気持ちが「痛いから泳ぐのを止める」のではなく、「痛い足でどう泳いで行くか」に変化していきました。
 先生ご免なさい。あの時「もう泳がない」と言って。私は海で泳ぐスイマーなのです。海で泳ぐのが好きなのです。泳ぎます。

10回目の補給(コーヒー+紅茶+お湯+マキシム)
 段々夕日が見え始めとても綺麗でした。うっすらとフランスが見えてきます。もう少しです。何故か眠くなりません。きっと先生が起きているからだと思います。どうも船の上で人が寝ていると、つられて眠りながら泳ぐのが身に付いてしまっています。コーヒーも飲んでいたから良かったのでしょう。
 空の色が夕日の紅から濃紺へと変化すると、直に満月が顔を出してきました。船の皆は「ああ、今日は満月で大潮なのだ」と実感している様子です。ドーバーでは大潮では泳がない事になっています。それにしても綺麗です。私は贅沢な泳者です。1回目は朝日、2回目は夕日と満月と、とても綺麗なものを観られたからです。

11回目の補給(甘酒)
 「きゃあ」、またもや大好きな甘酒です。最高ですね。
 だんだんとフランスの光が見えてきました。
石井「キン、熱海から初島位の距離に近づいて来たよ」
 そうか、それ位ならあと7km位かな。初島−熱海の練習風景を思い出しています。あの練習をして来たからこそ今の自分があるのです。海の練習では、一人ではありませんでした。いつもいつも皆が助けてくれていました。城ヶ島で泊まった宿、「ひこや」のおかみさん。初島、メガネ丸のご家族。清水の木村さん。駿河湾の中田船長とその家族達。トライアスロンでお世話になった高橋コーチ。城西高校の先生達。安城マスターズ・スイミング・クラブの仲間達。プール練習では一人でしたが、海では大勢の人達に助けられてきています。脳裏には皆にフランスに着いた時の報告を考えています。

12回目の補給(コーヒー+マキシム+お湯+フルーツ・シュガー)

駿河湾を泳いだときのお気に入り写真
 足の痛みは泳いでいても一向に和らぐ事はありません。段々とストレッチの回数が増え、あとどれ位か気になり出し、フランスの光を見続けています。そんな時、「あれ、おかしい」、と気付き始めました。さっきから距離が変わらないのです。私は流されているのに気が付いていません。足が痛みます。部屋に飾ってある駿河湾を泳いだ時の写真を思い出していました。「私は、海で泳ぐスイマーなのだ。フランスまで泳ぐのだ」この一枚の写真を何度思い出し、助けられ事でしょう。私のお気に入りです。「先生、足が痛い。早く栄養補給を!」そうすれば足の痛みも治まるかも知れません。

13回目の補給(コーヒー+マキシム+お湯+フルーツ・シュガー)
石井「キン、話をよく聞きなさい。潮の流れが変わり今から6時間流される。今の状態だとカレーの方に行き、そこはとても危険地区なのでもう少し泳いでから船に上げます。分かった?」
キン「"もう泳がないで良い"って言うこと?」
石井「あと少し泳いでから上がるのだ」
キン「分かった」

 先生はニールさんから説明を受けているらしく、「潮の流れが変わり、今の速度ではフランスのカレー港の方へそのまま流され、夜船の出入りが激しい場所で危ない。もう少し速く泳いでくれれば良いが、石井どうする?」と。
 先生は考えあげた結果、私を上げさせる決断をしたのでした。あと5kmでした。もう少し。あと3km地点位に行っていれば流されてグリネ岬に着いたと思うのですが、私は後悔していません。足が痛いながらも必死でキックを打ち、泳ぐのを諦めたスイマーから海で泳ぐスイマーに変身していったからです。夜11時35分。13時間35分で終止符を打ちました。


 でも、後悔はしていません。
 一生懸命泳ぎましたから。
 楽しみながら、足の痛みについてどうせ痛くなるなら友達になろうと思ったし、得るものがたくさんあったからです。これからずっと付きまとうこの足の痛みとは仲良くしなくては。友達になれば良いのです。少しでも和らげて泳ぐ方法を考えていこうと思います。

 1回目で辞めなくて良かったです。2回泳ぎ、私はとってもとっても成長したと思います。フリーダさん、チャンスを与えてくれてありがとう。先生、ありがとう。船の仲間にも「ありがとう」としか言いようがありません。私はまだまだ泳ぎ続けます。海で泳ぐスイマーですから。船から上がり、オブザーバーに「サンキュー」と告げ、スイムキャップを取り、耳栓を取り、レントゲン服を着ました。私の身体はグリースでベタベタです。ベンチに寝転がり「先生ありがとう。キンは元気だから今日の事お話して」
 先生は今日の事を話し続けてくれました。
キン「先生。キンはフランスの光を見ながらずっと泳ごうと思っていた。写真を思い出していたんだ。私は必ずフランスに着くと」
先生「キン。分かったから少し寝なさい」
という先生に私は頷きました。
 先生にバッグに貼り付けていたカイロを私の身体に貼り替えて貰い、足の裏は両方とも取れないように輪ゴムを付け、頭には毛糸の帽子、手には手袋をはめて寝入ってしまいました。

 2時間位かかったのでしょうか。港に着きました。
キン「先生、フリーダさんに"私にチャンスを与えてくれてありがとう"と伝えて」
石井「もう話す事は決めてある」
 先生に任せておきました。フリーダさんは港に待っており、船に入りながら先生と話をしています。「I want swim next year.」えっ、来年も泳がせてくれると言っているのかしら。私にとってこんなに嬉しい事はありません。
フリーダ「あなた達は1番予約です、早く予約金を払いなさい」
 現実です。今私達の手元には現金がありません。日本から予約すると伝えておきました。私は起き上がり、帰える準備をしていました。ありがとうフリーダさん。ありがとうニールさん。ありがとう赤い服のステラさん。とお礼を言い、フリーダさんにゲストハウスまで送ってもらいました。



藤田美幸さん プロフィール

1966年 愛知県生まれ
      専門は200mバタフライ
      (長距離も得意で1,500mのレースがあれば、北海道まで出かけていた。)
1998年 OWSデビュー 熱海3.2km
2000年 城ヶ島ロングディスタンススイミング大会他トライアスロン等 etc.
2001年 「スイムマラソン」10km泳
      城ヶ島(長津呂)〜毘沙門間往復(約12km)
2002年 ドーバー1Wayリレーにて海峡横断成功
2003年 チャレンジ24時間水泳大会 単独24時間−距離53,275m

その他、ドーバー・シミュレーションとして城ヶ島、初島〜熱海、駿河湾などの夜間泳等数々。
「嵐を呼ぶ女」との威名あれど、それに勝りラフウォーターにはめっぽう強く臨機応変に自分の判断でまっすぐ泳ぎ進む。