Cham Island Channel Swim2002
ゴールのクアダイビーチ

 

 〜歓迎され、歓迎され、ひたすらもてなされ編〜

・・・2002年4月26日

26日夜、大貫さん率いる海人クラブの面々を空港まで出迎えに行く。
そして、空港に着いてびっくり!!

WELCOME
JAPANESE SWIM TEAM
CHAMISLAND CHANELSWIM 2002
IN VIETNAM

と書かれたド派手な大弾幕と、花束抱えたアオザイ姿のお姉ちゃんがずらり。
拍手と花束と記念写真の嵐で手厚い歓迎を受けた海人クラブの皆さんは、ちょっと戸惑い気味。
さらに長旅の疲れとあいまって、しばしぐったり。しかしホテルにチェックインした後、ホイアンの旧市街へ繰り出してみると、珍しい土産物や色とりどりの灯篭の明かり、どこか懐かしい町並みにすっかり魅せられたようで、皆の顔が生き生きと輝く。

翌日お昼過ぎ、日本では信じられないほどアンティークな2階建てボートに、選手、スタッフが一斉に乗り込み、スタート地点であるチャム島を目指す。
のんびりゆったり約4キロ川をくだり、海へと漕ぎ出す。

2時間半でチャム島着。
誰かが言った。“ロットネストのときはこれくらいの距離、30分もかからなかったよ。”

でも、これがベトナム。

島に着くなり、私たちは現地のマスコミに囲まれる。
テレビカメラや、レポーターまでがお出迎え。
皆さん、私たちはスターではないのよ。ただのクレイジースイマーよ。

日が沈むまで、カヤックと併泳する練習を兼ね、海でのウォーミングアップを楽しんでいる間に、すっかりテントと夕食の準備が整えられていた。
そしてその夜は、郷土料理と地酒と伝統のチャムダンスでもてなされ、ほろ酔い気分 で、テントでのキャンプ。
眩しいほどの月明かりと、心地よい海風。
心に残る一夜と・・・。

海人クラブの皆さん、さすが海を愛する人たちだけあって、すぐに自然に溶け込み、心配していたお手洗いも自然の中で・・・。

いよいよ明日は、大きな海に挑戦の日!!  



 〜いよいよ当日編〜

・・・2002年4月28日

今回このチャネルスイムに参加するのは、6人リレー×1チーム、デュオ×2チーム、 ソロ私1名の、4チーム。そして、現地のちびっこスイマーも、何人か活躍した様子。

各チームごとに船が一隻、カヤック1艇(カヤッカー2名での交代制)がつく。
船には、日本人の指揮官が1名と、現地スタッフが2、3名乗り込み、泳者をサポート してくれる。
さらに、応援船(野次馬船?)、マスコミ船、救助船が、私たちを見守ってくれる。

6時50分、第一泳者スタート。
海のコンディションは、パーフェクトに近かったと思う。
水温も丁度よく、心配したほどクラゲもいなかった。
波も風も穏やかで、海の底から後光が差しているかのような眩しい光に思わず見惚れ、長い旅のスタートを切った。

約2時間、私は快調に飛ばした。疲れもなく、水分補給のみで休みもほとんど取らな かった。ただ、泳ぐ事を楽しんでいた。
しかし、この時点で、左肩がわずかに痛み出していた。空港のベンチで寝違えた事が、少し気にかかってはいたのだが、これが、今までに経験した事の無い後悔と不安と屈辱を、私にもたらす。

その後2時間、痛みをだましだまし、ちょっとでも痛みの軽い泳法を見つけては、懸 命に泳いだ。
しかし、スピードは見る影もなく落ち、休む回数も増えていた。
そこを、リレーチームが軽快にぬき去っていった。
私は、“誰か代わりに泳いで〜!!”と叫ぶつもりでいたが、タイミングを逃してし まった。

私は、軽い気持ちでベトナムに来た。
納得いくほどの練習もできないまま。“辛くなったら、船に乗せてもらって最後だけ泳げばいいや。”
“途中でリレーチームやデュオチームに合流してもいいし。”なんて、考えていた。

しかし、ベトナム人の歓迎はあったかすぎた。期待も大きかった。サポートしてくれるみんなが、一生懸命すぎた。仲間が未だ泳いでいる。途中で止めると、言えなかっ た。

そして、ようやくゴール地点が見え始めた頃、私の左肩は限界に来た。
もう動かない。
私は、24時間テレビで走り続ける間完平や、錦野あきらを思い出していた。
1歩でも足を出せば、前に進む。海の上でだって1かきすれば確実に前に進む。
幸いに、潮の流れは逆ではない。
私は、元気な右腕にすべてをたくした。

笑顔でさっそうとゴールし、みんなを迎えるつもりでいた。
しかし、片腕というスイマーとしては無様な格好で、しかも、先にゴールしたリレーチームのみんなにあったかく迎えられ、不覚にも涙のゴールとなってしまった。
そして、私のゴールの2時間後、すっかり風も波も強くなり、朝とは別の海と化した荒波の中を、デュオチームがゴールした。
彼らは力を合わせ、8時間以上を泳ぎきった。疲れてはいたが、皆いい顔をしていた。

私の左肩は、痛みで今も動かない。
これで良かったのか判らないが、皆の応援があり、共に泳ぐ仲間がいて、サポートしてくれるスタッフがいて、辛くもあったが、楽しく、幸せなときを過ごした事は、間違い無い。

この海を泳ぐチャンスが、私の所に来た事に感謝。
共に楽しいときをすごしてくれた、みんなに感謝。
このイベントに関わった、みんなに感謝。
この私の経験をみんなに伝える場を与えてくれたはるさんに感謝、おかげでみんなからいっぱい応援してもらえました。


応援してくれた皆さん、ありがとう!!

※ 30日時点、いざわっちは肩を痛めたままベトナムを放浪中



〜エピローグ〜

・・・2002年5月6

18キロを泳いでから1週間以上たった今、私はただの旅人になり、ベトナムを転々としている。 肩の痛みはすっかり無くなり、人間の体って結構強いんだ・・・と実感。
今心配なのは、日焼けの後のあと。
やっぱり6時間泳ぎ続けるって大変なことで、しかも灼熱の太陽の下、いざわっちの丸焼きいっちょ上がり。
この一週間、ペリペリと皮をむくのが唯一の日課だった。

あたしの旅はいつも一人だから、異国の地で仲間と過ごした4日間、すごく楽しかった。
みんなが帰った後、なんだかとっても寂しくて、しばらくボーっとしてた。

泳ぐことが好きで、一緒に泳ぐ仲間がいれば、18キロってそんなに大変な距離じゃないと思う。
泳力なんて2の次で、必要なのは湧き上がる好奇心とエネルギー、それに、ほんのちょっとの勇気。

値段の交渉をしてお土産を選び、朝市で生豚に驚いて、行商のおばさんからフルーツを買い、濃くて甘〜いベトナムコーヒーで目を覚まし、自然の中でお手洗いを済まし。
まったく違う生活、文化、歴史を持った国に飛び込んで、溶け込んで、楽しんで。
そんなパワフルな海人クラブの皆さんに拍手を送り、みなの不安を払拭し、存分に楽しませた中村さんと大貫さんに敬意を表し、このイベントに携わり泳者わサポートしてくださったスタッフの皆さんに感謝し、いざわっちベトナムを泳ぐ、ここに完結します。

私の肩を心配してくださった皆さん、ありがとうございました。
いざわっちはすっかり元気です。
またどこかの海でお会いしましょう。

※ 5月6日ハノイから





なんと、SHE and SEA というタイトルで
いざわっちがSaigonTimesの表紙にドカン!

おまけに名前や年齢までしっかり入っている。

そしてベトナムチャム島海峡横断泳
海人くらぶメンバーも
Focus/Cover Storyという内容で特集!
世界遺産と共にチャム島を福岡やハワイみたいにしたいとか・・・



いざわっち さん プロフィール:

 水泳歴20年
 OWS歴3年
 旅歴2年

 その他繊細不明・・・


ホームページ:

風にのって

 

 

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